訪問介護の動向から見る介護の未来

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先月(2016年1月)厚生労働省は、介護保険制度で「要介護1、2」と認定された軽度者の方向けのサービスを大幅に見直す方針を固めた、と読売新聞などが報じました。

社会保障審議会の部会で二月から議論を始め、平成28年内に結論を出し、平成29年の通常国会での法改正を目指すとの事です。

今回、見直し(削除)の槍玉に上がっているのは、自宅で暮らす高齢者へ訪問介護によって提供される買い物、調理のサービスです。

今に始まったことではありませんが、実際に在宅で暮らす高齢者の事を全く見ていない、見ようとしない厚生労働省の考えに憤りを感じました。

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訪問介護とは

今回、槍玉に上がっている買い物、調理の支援を行う訪問介護というサービスは、介護職員初任者研修(旧ホームヘルパー2級)や介護職員実務者研修(旧ホームヘルパー1級)、介護福祉士などの福祉の資格所持者が高齢者や障害をお持ちの方の自宅に訪問して、身の回りの介護をするといった仕事です。所謂、ホームヘルパーです。

その事業所によっては訪問ヘルパー、或いは単にヘルパーなどと呼んだりしますが、正しくは訪問介護員といいます。

訪問介護の業務

訪問介護の業務は「身体介護」と「生活援助」の2つがあります。

身体介護とは

身体介護とは、ヘルパーがその利用者に直接、触れて行う介助のことになります。具体的な内容としては、

○排泄介助 1人で立ち上がれない、歩行が不安定な方のトイレまでの移動の介助。トイレ内でのズボンの上げ下げの介助等。或いは寝たきりなどの理由により、おむつをしている方のおむつ交換。

○入浴介助 足の筋力低下や、脳梗塞後遺症などのため歩行が不安定な方。または浴槽を1人で跨げないなどにより、自宅での入浴が危険な方に入浴の介助をする。

○食事介助 1人で食事をとれない方に食事を食べさせる。などがあります。

その他にも移動介助、外出介助などがあります。

生活援助とは

家事援助と呼ばれることもあります。その名の通り、一般的な家事を支援することになります。

掃除 本人の使う居室内や台所、トイレ、卓上等の清掃、掃除機がけ。ゴミ出し。

洗濯 洗濯機または手洗いによる洗濯、洗濯物の乾燥(物干し)、洗濯物の取り入れと収納、アイロンがけ。

ベッドメイク 利用者不在※1のベッドでのシ一ツ交換、布団カバーの交換等。

※1利用者がベッドから離れて別の場所にいる状態、という意味になります。逆に利用者がベッドにいる状態でのシーツ交換とは、例えば寝たきりの方のおむつ交換の際に、排泄物でシーツまで漏れていたために、交換せざるを得ない状態などを指します。その際は、通常は排泄介助の一連の流れでシーツ交換をする事になると思われますので、身体介護になります。)

衣類の整理・被服の補修 衣類の整理(夏・冬物等の入れ替え等)、被服の補修(ボタン付け、破れの補修等)。

一般的な調理、配下膳 配膳、後片づけのみ。一般的な調理(正月の為のおせち料理などはNG)。

買い物・薬の受け取り 日常品等の買い物(内容の確認、品物・釣り銭の確認等を含む)、薬の受け取り。

この「一般的な調理、買い物」が「民間の配食事業もあるのに、介護保険で賄うのはおかしい」や「家政婦代わりに利用されている面がある」などと批判があった、というのが厚生労働省の言い分です(配下膳と薬の受け取りについては触れられていないようです)。

しかし掃除、洗濯などのサービスは、「民間サービスが少ない」とのことで、見直されるかどうかは今のところははっきりしていません。

また、入浴や食事の介助を行う身体介護は「利用者の生活への影響が大きい」などとして現状維持される見通し、との事です。・・・この厚生労働省の考えについて、私は強い違和感を覚えます。

高齢者の暮らしに必要なものとは

高齢者にとって、というよりもヒトとして、何が1番前にくるかという事が厚生労働省の方々にはわかっていない(或いはみないようにしている)と思うのです。

食べれなければ死に直結する

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入浴や食事の介助は利用者の生活への影響が大きい、との事なのですが、風呂に入らなくて死にますか?

食事の介助の前に、その食事はどこから来るのですか?

民間の配食事業もあるとのことですが、それはどの地域でも確実に受けれるサービスでしょうか?

高齢者のみならず、ヒトは食べなければ死にます。これは役人でも役人じゃなくても同じです。

まずは食べ物の確保、要するにきちんと供給されるインフラを整備するのが先じゃないでしょうか?

掃除しなくたって死なない

掃除、洗濯などのサービスは、「民間サービスが少ない」との理由で曖昧にされていますが、じゃあ配食のサービスは介護保険制度が始まってから、そんなに充実してきたのでしょうか?

民間の事業者や民間サービスの過多だけで語るならば、百歩譲って、まだ良しとしますが、調理については「家政婦代わりに利用されている」との批判があるとされています。

じゃあ掃除、洗濯は家政婦代わりでも良いんですか、と。

そして掃除だって、やらなくたって(殆どの方は)死には直結しませんよ。

結局、国としては費用を出来るだけ抑えたい、そのためにもっともらしい理由を付けれるところから削ろうとしているのがミエミエなんですよね。

元々は、社会的入院の解消などを目的として介護保険制度が創設されました。

そして入院期間の短縮を、より推し進め在宅復帰を促し、在宅でも高齢者が滞りなく生活できるように、訪問介護はその役割を担うひとつのサービスとして制度の中に位置づけられたはずです。

それならば、スーパーや移動販売車に対して補助を出すなど、食の充足の整備を行ってから、ヘルパーのサービスの内容に手をつけるのが本当じゃないかと思うのですが、いかがでしょうか?

そもそも介護福祉士をどうしようとしているのか

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確かに、「一般的な調理」、「買い物」ということは、逆に言えば誰でも出来ることです。

それを介護福祉士や介護職員初任者研修等の、介護の有資格者が、しかも介護保険という公金を使って行う意義に欠けるというのはわかります。

しかし、だからこそ過去に「ホームヘルパー」という講習を受ければ、実務に入ることが出来る資格を作ったのではなかったのでしょうか?

現在も介護職員初任者研修はホームヘルパー2級と同義ですが、あくまで在宅へ訪問する訪問介護員、という意味ではホームヘルパーという名称のほうが相応しいと思います。

「介護」と言うことで全部一括りにしてしまい、そのキャリアパスの頂点に介護福祉士を位置づけていますが、そもそも国のイメージしている介護福祉士とは一体どのようなものなのか。

はっきり言って、訪問介護(ホームヘルパー)の仕事だけしていて介護福祉士となった方は、福祉施設などではすぐには適応できません。

逆に、施設から訪問介護の仕事へ移ると、全く対応出来ない方も多いと思います。

それは共通項が「老人を相手にする仕事」という事だけしかないからです。おむつ交換は施設でも在宅でもやるだろう、という方もいるかもしれませんが、その過程が全く違います。

施設の仕事とは

施設での介護職員の主な仕事は、排泄介助、入浴介助、離床・移乗等の介助、食事介助が主なものだと思います。

そこは良くも悪くも作業になりがちです(この辺の言葉の使い方については異議を唱える方も多くいるのは理解していますが、敢えてこのような言い方をさせていただきます)。

その作業に乗りきれない方は、施設では通用しません。

乗りきれない理由はその方により様々ですが、在宅から施設へ転職した方や、施設を経験して離れた方の多くは「利用者を見ていない」、「ものの様に扱っている」と感じるようです。

(虐待などとはまた別の次元の話で)確かに在宅と比べた場合に、そのような意見がでるのもわかる気はします。

また技術的なものでも、在宅しか経験のない方であれば(例え介護福祉士の資格保持者でも)苦労すると思います。そもそも在宅では基本1人での介護ですから、ストレッチャーでの入浴介助等もやったことが無いという方が多くいます。

おむつ交換や移乗の介助なども、触れる機会が施設に比べれば圧倒的に少ないですから、技術の向上が難しいと思います。

在宅の仕事とは

これは完全にサービス業です。

福祉ではありますが、対象が高齢者(或いは障害をお持ちの方)に限定されたサービス業です。

先ほど、おむつ交換の過程が全く違うと言いましたが、まずは在宅の場合は会社、或いは他の利用者のお宅から、次の利用者のお宅まで車などで移動して、玄関のチャイムを押すところから始まります。

その車を駐める場所も正しく駐めなければ、近隣から或いは家族や利用者本人からのクレームに繋がります。

そして自宅の中に入り、お湯や新しいおむつを準備するなどします。そして、実際に陰部や臀部を拭き取るのは、ドラッグストアなどで売っているウェットティッシュ等です。

これはやったことのある方はわかると思いますが、非常に拭き取りにくいものです。

そしてその後片付けも非常に気を使います。綺麗に新聞紙等で包んで捨てなければ、家族などからのクレームにも繋がります。

このように、常に本人や家族などの他者の目を気にしての介護になります。

対して施設では、殆どの場合清拭タオル(お尻拭き専用のタオル)が準備されており、タオル蒸し器やゴミ箱のついた台車を押して各部屋を回って歩く、といった形ではないでしょうか?

そして施設でしか経験の無い方であれば、1番に戸惑うのが本人と家族の存在だと思います。

本人は在宅で暮らせているくらいですから、比較的しっかりした方が多いです。そして、そのような方は非常に強いこだわりをもっています。

例えば洗濯物の干し方や、調理の手順、内容など。

そして更に、家族もその家のルールに則って介護することを要求してきます(まあ当然といえば当然ですが、時としてその要求が非現実的なものも多くあり、それがまた事業者を困らせることもあります)。

それは「患者」ではなく、「利用者」ではなく、「お客様」なのです。

いくら介護の手技が優れていても、そのことが理解できなければ在宅では務まらないのです。

これほどの違いのある、在宅と施設での介護。その資格を介護福祉士という一括りにしようというのも、無理な話だと思うのです。そもそもホームヘルパーという資格の成り立ちが違いますから。

若干、話がずれたかもしれませんが国の介護保険制度に対する考え方と言うか、訪問介護に対する考え方が現在のようなままで進んでしまうならば、国が推し進めようとしている在宅での介護というものは全く機能しなくなるのではないか、訪問介護や介護職員というのは、今より更に医療の手元に成り下がるのではないかと思います。

個人的な意見としては、現在の訪問介護のサービス内容の形を続けなければ、在宅での生活を続けることが出来なくなる高齢者が溢れ、それと同時に事業の継続が出来なくなる中小の事業所も増えてくるのではないかと思います。

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