子どもとスプラトゥーンをやって気づいたこと

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最近、子どもと

にハマっています^^;それも高校生の息子と、中学生の女の子と、小さい子と四人でです。

そうやって子どもと共有できる時間を持つことで、ちょっとした喜びのある発見と少し悲しい気づきがありました。

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スプラトゥーンとは

ご存知の方も多いと思いますが、スプラトゥーンとは2015年5月28日に発売されたアクションシューティングゲームで、任天堂のWiiU専用ソフトです。

普段はひとの姿ですが、ボタンを押すとイカに変身する「インクリング」という名前のキャラクターを操作しながら、インクを撃ちあって敵を倒したり地面を塗って陣地を取り合ったりするゲームです。

そのインクを撃ちだす為の武器は非常にバリエーションが豊富で、大きく分けると敵の攻撃に特化したライフル型のもの、陣地を塗るのに特化したローラー型、その中間の様な位置づけの武器として、敵の攻撃と陣地を塗る両方に適したマシンガン型やバケツ型のものなど様々な種類の武器があります。

私は子どもが出来てから時間の余裕がなくあまりゲームはしなくなりましたし、もともとテレビもそれほど見る方ではなかったので、このゲームがそれほど話題になっているとは知りませんでしたが、妻と子ども達からとても人気のあるゲームだということを聞き、なんとなく購入してみることにしたのです。

勿論、子ども達は大ハマリして家に帰ってくると、毎日遊んでいますが私はつい最近まで殆どプレイした事がありませんでした。

しかし、ある思いから「(ゲームはあまり気がのらないけど、頑張って)一緒にプレイしてみよう」と子どもと代わりばんこにコントローラーを持って、スプラトゥーンをやることにしたのです。そうしたところ、私も一緒にハマってしまったわけなんですけど・・・^^;

ゲームを子どもと一緒にやる理由

私はモロにファミコン世代で、スーパーマリオやドラゴンクエストなどといったソフトが出た当時は小学生〜中学生のころでした。

その頃は、遊びといえば周りもファミコン一色でしたので私もやっていましたが、今思えば、多分あまりゲーム好きではなかったんだと思います。というのも、自分でソフトがほしいと思ったり、親に買ってもらうということは殆どありませんでしたから。

ですから、正直自分の子どもがゲームをやるのも、少し否定的な気持ちでした。目は悪くなるだろうし、巷では幼い頃からテレビゲームばかりやっているのは良くないという話もよく聞きますから、積極的にやらせたいとは思うわけがありません。

それが、なぜ子どもと一緒にゲームをやることにしたのかと言うと、テレビで仮面ライダーやドラえもんを見ている子どもを見ていた時に、ふと子どもと一緒の目線になること、一緒の目線を持つことが大事なのではないかと思ったからです。

今のテレビはつまらない?

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私のもうひとつのブログ「親子でラジコン」にも度々、登場しますが、私にはちいさい子もいます。上の高校生の子とは大分、年が離れているのですが、接し方がよくわからないと言うか、一緒に遊ぶってどういうことなんだろう?と思うことがありました。

よく巷のパパは「家に帰ったらご飯食べて、子どもと遊んで〜」、「日曜日は子どもと遊んで〜」等と聞きますが、正直に言うと私は小さい子と遊ぶのは少し苦痛でした。

小さい子どもが面白がるポイントがわからないし、たまたまそのポイントを見つけると、小さい子どもは延々とそれを繰り返すのでこちらは飽きてきます・・・。

ですから公園など、外に遊びに連れて行くのが1番簡単で良いんですけど、寒かったり雨が降っていたりすると外へは行けないし、そもそも仕事のある日は、帰ってきたら家の中で過ごすことが殆どです。

そうすると自然とテレビをつけて一緒に見ていることが多くなるのですが、よくテレビやネットなどで「子供に見せたくない番組」というのをやっています。

やはり私としても、アニメなどよりは知育に役立つ番組を見て欲しいなぁなんて思ったりしますし、子供が見ているアニメなどを一緒に見ていても、親としては楽しめません。しかし、子どもに別の番組を見ようと勧めても勿論嫌がります。

昔のテレビは面白かった?

子どもは、現在テレビでやっているドラえもんが大好きで、毎週見ています。私は子どもと一緒に見てもあまり楽しめず、昔のドラえもんの方が面白かったよなあなんて思ったりしていました。

そんなある日、車で長距離の移動をする機会があったのですが、子どもが退屈していると思ってコンビニでドラえもんのDVDを購入しました。

内容はモロに私世代、要するに大山のぶ代さんが声優をしていた、昭和のドラえもんです。これが衝撃だったのですが、今一緒に見てもあまり面白いと思えないのです。

話は急に変わりますが、私は過去の日記VOX(ヴォックス)のギターアンプ Pathfinder10でも語らせて頂いた通り、それはそれは大の音楽好きでしたが、最近の音楽を聴いていてもあまり良いとは思えません。そしてやっぱり自分が中学高校時代などによく聴いていたCDを聴いていても、その時ほどの感動はもちろんありません。

これは認めたくないことなのですが、世間一般で言われていることと同じように、自分も歳をとったんだなぁ、と認めざるを得ませんでした。

要するに、ドラえもんがつまらないのではなく、自分が変わったんだなぁ、と。昔に比べて、いい音楽が減ったのではなく、自分が変わったんだなぁ、と。

そして逆に、子どもが楽しんでいるテレビを見るなり、楽しんでいるゲームなりを一緒にする事。自分が子どもに合わせていくこと、子どもと一緒の目線を持つことが、子どもと一緒に遊ぶということなのではないかと思ったのです。

変わったのはテレビか?自分か?

またしても話は変わるのですが、私は勿論、所謂昭和ライダー世代です(特に仮面ライダースーパー1、スカイライダーのあたりがリアルタイムで、大好きでした(●´ω`●)スーパー1のバイクや腕のギミック・・・カッコ良かったです)。

しかし、現在の仮面ライダーはとても苦手です。仮面ライダーというヒーローを利用しての、お金を搾取する仕組みがあまりにも露骨に見えすぎてしまって、そこにばかり目が行ってしまい全く楽しめないのです。

昭和ライダーが「商売を度外視してやっていた」等とは言うつもりは毛頭ありませんし、時代が進むことで商売上手になっていったのは仕方のない事かもしれませんが、商売っ気があまりにもあんまりで。そもそも仮面ライダーなのに、バイクは殆どないし。なんですか仮面ライダードライブって・・・?

もうひとつの苦手な理由は、大人も楽しめるを打ち出すようになってきたことです。

最近のテレビだけでなく、ゲームにもありがちな「正義とは・・・?!」、「実は悪の魔王の言っていることが正しくて、自分たち(ヒーローの立場)の方が身近な者を助けたいというエゴだけで戦っているのでは・・・?!」みたいな戦う理由を求め過ぎる内容と言うか。しかし、

それでもやっぱり子どもは仮面ライダーも好きなんです。

子どもは今のドラえもんも平成ライダーもどっちも好きなんです。私が小さい時にそうだったように。

しかし、先ほど述べたように今の仮面ライダーは、私はつまらなくて子どもとは一緒に見ていることができません。あまり小難しいことを言わない分、アンパンマンや戦隊物の方が、まだ一緒に見ることができます。

という訳で、私は自分の子どもと一緒にテレビは楽しめない。かと言って、外では限られた時しか一緒に遊べない。そんな悩みを抱え、悶々としていた所に現れた救世主がスプラトゥーンだったのです。

しかし子どもは変わらない

私は多分、変わり続けてきたのだと思います。そうしていく中で、ヒーロー物から卒業し、ドラえもんから卒業し、音楽から卒業してきたんだと思います。

しかし、(私の子どもが、という意味ではなく)「こども」というものは変わらないのだと思います。例えば「1歳児とはこのようなもの」、「3歳の子はこういう行動が多い」など。

私たちは通ってきた道だけど、もう二度と通ることのない道なので、どういう花が咲いていたか、どういう風が吹いていた道か忘れてしまっているんですよね。

ただ、その花の名前は思い出せなくても、色や形。風の吹いている方向は忘れていても、その冷たさや強さを少しでも思い出して、子どもと一緒に「きれいな色だね」、「冷たい風だね」という話をする事で、子どもとの時間が自然と持てるようになっていく。

  • 一緒の目線をもつ=一緒にスプラトゥーンをプレイする
  • 花や風の話をする=ゲームの内容の話をする

私の場合はこのように、スプラトゥーンを通して毎日ちいさな子どもとの会話ができて、一緒に遊ぶ時間がもてるようになったので、大人の価値観で「ゲームばっかりやって」等と思わず、まずは一緒の目線に立つことも必要なのかなと思ったのです。

これがちょっとした喜びのある発見でした。

スプラトゥーンで気づいた少し悲しいこと

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冒頭で、喜びのある発見とともに、少し悲しい気づきがあったと言いましたが、それは高校生の子どもと中学生の女の子の事についてです。

私が仕事から帰ると、高校生と中学生は家にいることもあればいない事もあります。部活もありますし、学生だと文化祭やら体育祭やら行事も沢山ありますから、それは仕方ありません。

高校生、中学生が私よりも早く帰っている時には、小さい子と共にスプラトゥーンをやっていることもあります。しかし、最近気づいたのは私が帰ると、小さい子と遊ぶのをやめてすぐに部屋に引っ込む事が多くなったのです・・・(;_;)

妻には「自分もあのくらいの年代の時、親と一緒にいるの嫌だったでしょ」と言われ、確かに親と同じ部屋にいる事って殆どなかったかな、とも思いました。

ただ、一緒にスプラトゥーンをやっている時には、プレイの内容について色々と話しもするので、あまり深く考えていませんでしたが、考えてみれば私から話しかけるほうが殆どで、子供達から話しかけられる事は殆どなかったような気がするのです。

そして、長男も長女も妻には色々と学校のことなど話をするのですが、私には一切話はしてくれません。というか、話しかけられることもなくなった気が・・・

うちにはリビングにしかテレビはなく、そのテレビにWiiUを接続しているので、スプラトゥーンをやりたいから一緒のリビングにいるだけなんだなぁ、と。悲しすぎることに気づいてしまいました(T_T)

ただ逆に、それだけ大人になったのかな、とも言えると思うのですが、大人になるって自分も自分の子どももどちらも少し悲しいことだな、と気づいたのです。

自分の場合は、それまで夢中になっていたものが色褪せてきて、人生を彩るものが少しずつ減っていく感じ。逆に言えば、それだけ経験値が増えて、いろいろな知識も得たとも言えるのかと。

子どもの場合は、段々と「自分の子ども」という立ち位置から、それぞれの価値観を持つ1人の人間になっていく、という感じ。元気に成長してくれたのは嬉しいけれども、それに伴って親の手が必要なくなっていく・・・

どちらにしても、いいことと悪いことが少しずつ。スプラトゥーンというゲームを通して、人生の悲喜こもごもを感じてしまったというお話でした。

まあ結論としては、スプラトゥーン面白いよ、って事で。

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